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江戸時代の40代での隠居と現在の年金事情について。

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じつは40代での引退は江戸時代の隠居に多く見られます。江戸時代には成功した商人などが40歳くらいで家督を子供に譲り、自分はわずかな隠居料をもらいながら、隠居することがよくありました。
人生隠居してからが本番!江戸時代スーパー隠居列伝


この話の40歳定年だけを抜き出して、江戸時代に思いをはせる人をたまに見かけるが江戸時代は人生僅か50年の時代。
何も特別な事ではない。
戦後の日本だって60歳で引退して70歳で終わりを迎えていた時代は年金は適切に運用できていたし70歳は老人の枯れた魅力が一番輝く年齢だ。

しかし70歳を越えたら少しずつ目を背けたくなる様な容姿にもなる。

トイレの神様の歌手だって一番輝く祖母の年齢が過ぎたら、都合よくおばあちゃんっ子を辞めて、死ぬまぎわになって何となく後味が悪いから、その時だけお見舞いに行っているではないか。

話は少し逸れたがだから10年、見た目的にも金銭的にも十数年が限界だったのだが、最近は寿命が伸びた。
結局国家というのは若い人間が次から次へと生まれて老いた人間というのはサッサと死んでくれた方がいい。



このサイクルを乱してしまった以上適切に老後の安心を与えるようにというのは無理な話なんだ。
老人を一つの種として見るなら本当なら老人というのはさっさとくたばるのが種全体の幸福としては良かったのだが、しかし無闇に伸ばしてしまった。
今の日本は生態系の壊れた森のようなものだから、どの道歪な事は起きる。

今の老人を悪く言おうが、2ちゃんねる的な価値観に多く毒されてしまった輩も多い私達の世代はどの道悪質な老人にしかならない。
少子化を良いように言い訳した私達には、起承転結的には少しは罰が必要だろう。
幸福な最後はあまり近くはないだろうと感じる。

接客業に一度でも従事したことがある人間なら、家族でなければ誰も死を悲しまないような酷い老人を見た事は一度や二度じゃないはずだ。
独身者で居続けるなら、確実にほとんどがそういう風な老人にもなるし、もちろん″ 家族でなければ誰も死を悲しまないような酷い老人″で家族もいないのだからサッサと死んでくれた方が良い。
そんな風になるぐらいならやっぱりどこかに自死の可能性は残しておいたほうが良いと思う。
雇用も産み出さず、孫も奥さんも子もおらず金もない、そんな人間に一体誰が生きていて欲しい。
本来なら職を亡くした時点で、すでに社会との接点も亡くなり、肉体が死んでいないだけで既に死んだようなものなのだ。
Walking Deadは溢れている。
ただWalking Deadでもとりあえずは、日本国を日本人で埋めておくだけの頭数としては役に立つ為に別に老人に対して私は何かを強要したい訳ではない。
しかし、他人がどうしようと自分はどうするかだ。