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生活保護受給者の多くは頭が馬鹿になるのでネットから隔離しなくてはいけない。

嫌われ者のブログ 社会

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人間は誰からも必要とされていないと頭が可笑しくなる。

人間は貧しいと頭が可笑しくなる。

人間はやることがないと頭が可笑しくなる。


ネットで生活保護を受けているとわざわざ公言している人間の一部はまさにこの項目に当てはまる人が多い。

生活保護は日本人が文化的な生活をする上で絶対に必要な制度だと思うし、生活保護受給者がネットで発言する事全てが可笑しいと感じている訳ではない。

しかし生活保護受給者がネットのような軽い空間で言葉を発するという事は昨今の生活保護受給者に対する厳しい目に晒される事になる。
それが少数でも一部の受給者がふざけた物言いをすれば生活保護受給者全体にまで悪いイメージとして普及する。

この国の強者は何かあっても国や、もしくは自分が守ってくれる。
例えば上級国民の例として弁護士をあげるが、一部の弁護士の発言で弁護士全体のイメージが悪くなっても、強者は自分の身を守れるし、税金を多く納めている強者を国は守ろうとする。

しかしこの国の弱者である生活保護受給者が、他の生活保護受給者の発言でイメージが悪くなったとしても生活保護受給者は自分で自分の身は守れないし、国は世論の後押しでいつでも生活保護受給者にハンディを与える事が出来る。
生活保護受給者は自分の物言い1つでこの国の生活保護の制度を容易に壊せるだけのリスクを持っている。
弱者は大抵の場合連帯責任を負わされるのだ。

そこまでのリスクがありながらネットのような軽い空間に出てくるという判断をするという事は心が腐っている可能性の方が高い。
仮に何か策があって出てきたなら相当な策士だ。
テレビメディアの前で″普通の値段では買えないですよね″と言った主婦を良い目で見た人はいない。
国民の心は今や追い詰められている。
あれ以来生活保護受給者はネット民にとって叩く対象になった。
叩く対象でありながらわざわざ人前に出てきて尚も策があると言うのならば、よっぽどの策士だ。


 

人間は誰からも必要とされていないと頭が可笑しくなる。

人間は貧しいと頭が可笑しくなる。

人間はやることがないと頭が可笑しくなる。


この要素の揃った人間は挙句の果てにこのような事を言ったりする。
″こんな国なくなればいい″
大した覚悟があって言っている台詞ではないだろうし、別に私もこの台詞を言う人間全体に対して嫌悪感を感じている訳ではない。
(しかし嫌悪の感情は紙一重だ。その紙一重の感情は言葉で細かく説明できるものではない。)

だがどういう発言が私にとってそう見えるかは別にして、明らかにふて腐れて、様々な要素から頭が可笑しくなった人間の言う台詞は別だ。

具体的に言えば自分がもらっている生活保護を踏みにじるような発言をしたり、世の中に対する僻みからわざわざ結婚や異性に対するネガティブな感情を匿名掲示板で書き連ねて少子化を加速させるような人達の事である。




″こんな国なくなればいい″なんてニヒル気取った所で日本人みたいな室内犬が国がなくなると言う一大事に耐えれる訳がない。
ふて腐れて適当言っている人間が自分の発言の意味を分かっているはずはない。
絶対に右往左往して ″こんな国なくなればいい″なんて言っていたことも忘れてまた都合の良い思想に逃げ込むに決まっている。

上級国民なら日本を多少危険に晒しても構わないという姿勢も分かるのだが、下級国民のこういう態度は私は意味が分からない。
下級国民なら逃げ出せるだけの貯金も技術もコネも勿論ないはずだ。
上級国民なら国を売るメリットがあるが下級国民にはデメリットしかないはずである。
しかしふて腐れた態度は人間から正気を奪う。
私も同類だがこんな人達と一緒に心中は御免である。



こんな事を言うとドン引きされると思うが私は皆さんのおかげで多少ちやほやしてもらっている。
こんなものはちやほやの範疇にないと思われるかもしれないが、いくらネットという場所であっても読まれない文章は本当に読まれない。
しかしこのちやほやも私が俗に言う″きもくて金のないオッサン″になるに当たり少しずつ失われていく。
私は美大を出た人間だし、正直ずっとまわりの人達からsomething(何か,あるもの,ある事)だと思われてきた。

自分が誰からも見向きにされない人間になることは美大なんて場所を出た人間の自意識からしたら大変に辛い事だ。
そして誰からも見向きもされない人間になって急に寂しくなりネットに逃げ込んだ所で、やっぱりそれは只の寂しいだけの人間になんて誰も見向きはしない。
ネットで寂しさを埋めようとする人間なんて世間から見た寂しい人間だ。
しかし下準備がないとネットは寂しさを埋める対象にすらなりはしない。



そうなってから一番寂しさを埋めれる対象である映像配信に手を出しては遅いので、最近はずっと映像配信の事を考えている。
寂しいというのはどんなに対処していても急に来る感情であり、本当に寂しい人間の相手をしてくれるほどネットは容易い環境ではない。
まだ救いがある時期に始めるべきか結構真剣に考えているし、以前大学の先輩と同輩の家で四人くらいで飲んでいる時にふと″孤独死が心配だ″と私が言ったら先輩からニコ生をやれと言われて、その時は猛然と抗議したのだが、何故だか知らないが最近はその時の事ばかりを考えている。
余談だがある配信者に習って34歳になったら始めて4年立っても過疎のままなら辞めると言うのが今のアイデアとしてはある。

生活保護の話を書いたのもそれが関係ある。
私はずっと強い美意識を持って生まれてきた。

機械技術がどんどんと発達していき失業の危機を考えている人も多いはずだ。
そうなると生活保護という制度は他人事ではない。
私の美意識なら本来は(世間に)必要がないと言われた時点で自分に何らかのリスクを課したい。
しかし多くの人は三島由紀夫ではないのだから割腹自殺等できるものではない。
だから大抵は美意識を曲げて生きるのだ。

しかし仮に美意識を曲げて、保護にありつけるという身分になったとしても、生活保護と言うのは受ける人が増えれば財政が破綻するという諸刃の剣だ。
私はそういう身分に陥ってしまったら、先に書いたようにほとんどの生活保護受給者はネットから去るべきだと考えている。

生活保護受給者という存在がネットという軽い場所にいるだけで、不用意に受給してしまう人は増えてしまうし、ネットという軽い場所では人は口をすべらしやすくなり始めに書いたように馬鹿になった人間の心がいつ不用意な発言をして首をしめてしまうのかは分からない。
しかしネットのアフィリエイトで収入を得ると言うことは、私にとってかなりの気休めになる美大を出た事への言い訳でもある。



話は少し変わるがブログ村の引きこもりカテゴリーには『優しい人理解者限定ニート引きこもり脱出応援ブログ!』というブログがあり以前はずっと一位にいたのだが、最近は(ブログ村の人にしか分からない書き方だが)カテゴリーの振り分けを何十%か他にずらしたのか、10位圏内になることも多くなった。
この人もデザイン科の大学を出ていて、一時期はせどりの事を自営と呼んでいたが、最近はせどりもしていなければやっぱり正社員でもないらしい。

【悲報】芸術大学の最難関・東京藝術大学 なんと卒業生の半分は「行方不明」になっていた



上に書かれた記事はソースとなった記事がかなり曖昧であり、話半分程度なのだが、芸術大学に行くのなら普通の大学を出た方が何倍も良いことは事実だ。

しかし人間はロボットではない。
ロボットだとしたら初めからバグが仕込まれているような人生も多々ある。

非現実的なファンタジーを持つ人生は報われないことの方が多い。

やはり人間は学歴社会の洗礼を受けて真っ当な仕事に着くに限る。