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1989年に今上天皇になられた継宮明仁親王のお人柄と神道について。

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私はロストジェネレーション(1880年代中期から1890年代まで生まれたバブル崩壊後の氷河期世代の別称)と呼ばれる世代であり、そしてこの世を去るときはじめて現在の天皇陛下の名前になる年号がちょうど始まった年に生まれた。
ロストジェネレーションの話は余談だが、だから私は(もっと言うなら私と同じ年の生まれは)天皇陛下に対して特別な思い入れが他の日本人とは違った形である。

日本人である以上天皇陛下の存在は切っても切り離せないものであるはずだが、私が始めて陛下を知ったのは天皇陛下の御写真が祖父の家に飾ってあったからだ。(田舎の高齢者の家では天皇陛下の写真を飾る家は多い。
特に私の家はGHQに土地を没収される前は大地主だった事もあり、戦争を除ければあの時代は良い時代だった事になる為その名残もあるのかもしれない)

その事と私の叔父が秋篠宮文仁親王に似ていた事もあり私には何となく天皇家が身近な存在になっているのだが、天皇陛下の御写真を飾るというこの文化を私は気にいっている。
天皇陛下はこの様に国民に身近であるべきだ。

天皇陛下の存在に苦言を呈する人はいるが、天皇陛下の存在がなくても国民の心が豊かだったのは精々景気の良い時代だけであり、結局バブルが終われば伝統的文化の積極的な継続もなければ、結びつきも薄い今の日本のあり方が悔やまれるばかりである。

この上何かの拍子に天皇陛下まで失っていたら日本人は大変な事になっていたと私は思う。
国家を一度真っ白にしてしまって″近代化だ近代化だ″と言っている内は気分がいいのだが、そういうものは一度″近代化してもこれ以上の発展はしない(むしろ衰退する)″という壁にぶち当たると、途端に国民同士の一体感、結びつきが弱まってしまう。
人は今がダメになると今度は過去に癒しを求めるのだが、過去を真っ白にしてしまった国には頼るべきよりしろはない。
日本は今の天皇陛下がいなければそういう状態に陥っていた可能性が多くある。



私は今の天皇陛下と書いたが、正直に言うとあの人の血筋だからこそ天皇家を尊敬しているだけであり、あの方の父親(もっと言うなら神話の登場人物である 神武天皇に至るまで)尊敬しているかと問われるとそれは少し違う。

対米開戦強硬派の陸軍を抑えるためにあえて陸軍の顔でありながら天皇陛下に並々ならね尊敬心を見せていた東条英機を首相に任命した際に言ったとされる「虎穴に入らずんば虎児を得ずだね」だとか微笑ましいエピソードとして語られているTwitter昭和天皇bot ‏にある

″「きょうは日曜日なので出てこないのかな」「コイには日曜日はありません」
(フランス滞在中、フォンテーヌブローの森に出かけた際、池の鯉がなかなか姿を見せなかったのでジョークを飛ばしたが、フランス側の案内役はジョークと理解せずまじめに応対した)″

等、第二次世界対戦に責任ある立場にあった昭和天皇の当時、そして後の発言にしては飄々とした人柄にしても軽いのではないかと言う気がしていて、仮に現在の天皇陛下明治天皇の玄孫を自称する武田恒靖のような人物なら( 武田恒靖は天皇陛下の血筋でありながら自身のユウチューブチャンネルで片手で新聞を摘まみながら陛下の生前退位の意向のニュースを読み上げていて、皇族じゃなかったから、どこかの胡散臭いネットの論客が精々の人物であり気品がない。)100%尊敬の対象にはいない。

それにどんなに立派な見方をしても日本人が、当時行った戦争は侵略戦争だった。
その当時の象徴の人格について私は良く見るつもりはない。
その上で″当時″と言っても日本人は第二世界対戦の歴史と自分達の歴史と真っ向から向き合う気概がないだけで、未だに本質は同じなのではないかと思う。
(だからこそ私は日本人同士の結びつきを強める意味で天皇陛下を尊敬するのは大事だが、天皇陛下だからという理由で尊敬するのには抵抗があるという矛盾した思いが多くある。)

繰り返すが、私は現在の天皇陛下があの方だからこそ天皇という血筋そのものを尊敬しており、黙して語らずただただ天皇という役目を懸命に実行しようとするあの方の人格者たる性格は国民なら誰もが知っているはずだ。
天皇陛下は誰がやっても天皇陛下であり天皇陛下ならば国民は誰しも尊敬するものだ″というような物言いをしたがる人はいるが、絶対にそんな事はない。
あの方がデフォルトだから国民がみんな慣れているだけで、山本太郎が様々なルールを破り片手で手紙を渡した時はさすがに唖然とされ、痩せこけたブルドックのようなお顔をされたが、それ以外では私はあの方が怪訝な表情をされた姿等見た事がない。



別に我が国では、皇室の醜聞はタブーではない。
でなければ愛子様や、雅子様の″御噂″みたいなものを我々が知っているはずがない。
しかし天皇陛下に対しては醜聞がない、という事はやはり天皇陛下はあの通りの性格をしていると考えて打倒だろうと思う。
過剰に良い人を演じた人間の中にはその重圧でベッキー(本名:レイボーン・英里・レベッカ)や乙武洋匡のような人格崩壊とも言える行動に出て自身の身分を危なくした人間も少なくないが、天皇陛下は恐らくあの通りのお人柄である。

天皇陛下という身分が見識をおかしくしているだけで、身近にあそこまで人格ができている人間がいるかと問われたら恐らく一人や二人しかおらず、ではその人間が天皇陛下の責務に耐えらるかと聞かれたら難色を示す人も多いはずだ。
あの方が天皇陛下だからこそ皇室の存在に難色を示す人々も陛下の人格までは攻撃できず、だからこそ天皇制は未だに守られている。
しかし、現在の皇太子はあの時代(戦争大罪人として処刑されていたかも知れない昭和天皇を父に持った今上天皇として生きなければいけなかった時代背景)と本人の生まれもっての性格が生んだ素晴らしい人格者である今上天皇を越えられる程の人格者ではなく加えて雅子様は御病気で伏せられている。

天皇陛下は 皇后美智子様とあわせて極めて性格の良いという考えて見れば珍しい存在である。
天皇皇后両陛下は戦後の日本人という試される境遇に生まれた全ての人々に八百万の神(天皇陛下神道の最高指導者)から授けられたギフテッドであり、あの方達が死去された時に真の意味で日本人は結び付きを試される。



話は変わるが 青山繁晴という右翼の知識人であり現政治家が「日本人は死んだら靖国神社に(魂が)向かう」と言うような事を言っていて何事かと思い調べてみると、これは英霊を奉っている神社である靖国神社のあり方を拡大解釈した(もしくは第二次世界対戦に死んだ″日本人″だけを指していった)ものであるらしい。

あの当時、「死んだら靖国で会おう」という言葉が旧日本軍人共通の慰めもかねた挨拶であったようで、どうもそれを拡大解釈して(もしくは死んだら仏になるという日本人独特の宗教感と当時の日本人の死んだら英霊になるという価値観をあわせて)そう発言したようだが、私の祖父はもう少し戦争が続けば、自ら志願して風神特攻隊になろうとしていた人だ。
そうなれば祖父は今頃靖国神社に奉られており、現在の私は存在してはいない。

祖父が風神特攻隊として志願しようとしたという当時の心境を語った時、命を捨てようとした後悔も、命を捨てる覚悟を持った恍惚も何の感情もそこには見えなかった(懐かしい話をする風でもなかった)。
ただただ事実としてそれを淡々と語っていて、命の考え方が我々とここまで違う以上やはり私も含め今の世代の人々はこの人達には勝てないのだと悟った。
私はずっとどこかで、自分が信仰すべき宗教を探していたが、私の価値観や過去からしても私が信仰するべきなのは神道だと思う。
余談だが祖父の家には神棚が飾ってある。