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もときちゃんに影響をうけたユウチュウバーの過去と現在。

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もときちゃんの一番古い周辺登場人物のユウチュウバーは古林元気と竜平桐山だ。
そして今の代表的な周辺登場人物は世界の筋肉(世界 sekai)と、ARA田中だ。
世界の筋肉をはじめてまともに見たが劣化オワキチみたいな感じで、人柄は爽やかだったが、一体何故彼がもときちゃんに共感しているのかよく分からないような分かるような気もする。

勝手に高卒だと思っていたが、高学歴を臭わせるしますますよく分からない。
名前が売れた人間を動画に使うか、意識の高い話をするかのいずれかが動画の傾向なので、たまたまもときちゃんの名前を出したら反応が良かったので、心を良くしたのか、或いはもときちゃんには他の売名の為に出した名前とは違う思い入れがあるのかは分らない。

もときちゃんの周辺登場人物でユウチュウバーとしてチャンネル登録者80を越えた人達にはそれぞれキャラがある。
古林元気なら日本大学出の平均を維持したもときちゃん、世界の筋肉なら意識を高く持ち格好つけることに力をいれたもときちゃん、ARA田中なら学歴も優秀な親にも恵まれなかったもときちゃん。
竜平桐山はゲーム実況で一抜けした。

皆もときちゃんのパラレルワールドみたいな持ち味がある。

ZEEBRAとKJに見る額面通りではないディスの様々な側面

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ZEEBRAは自分より売れた後輩のDragon AshのKJを公開処刑の音源で潰した。
KJの方が才能があったから売れたのか、KJはセルアウト(自分の楽曲を商業的に売り出すこと)だから売れて当然だったのか、ではZEEBRAは敢えてセルアウトしないのか、セルアウト出来なかったのか。
ZEEBRAキングギドラ公開処刑の音源を出した過程には両者の色々な言い分があり、どちらが正しいとは一概には言えない。
しかしZEEBRAは今やテレビに出演しアメーバTVでフリースタイルダンジョンを企画して元気にやっている。
″まるでモノマネ歌合戦″はどちらだ。
仮にZEEBRAがKJの才能に嫉妬したならモノマネ芸人に自分より先に夢に到達されては格好がつかない。

公開処刑で共ににディスされたKICK THE CAN CREWKREVAは一線で過去ほどの勢いはなくても未だにファンを魅了している。
話は変わるが元祖ユウチュウバーと言われながら勢いをなくしたメグウィンは一時期ユウチュウバーの学校を作りたいと言っていた。
現役で活躍できないなら大物ポジションで居座るしかない。
KREVAは才能があるから一線にいるままだ。
KJは指摘されてから、路線を変更した。
ヒップホップの世界でのディスは妬み嫉み同族嫌悪で満ちているから額面通りに受け取ってはいけない。



余談だが過去にZEEBRAをディスていた般若とZEEBRAは今じゃ親しい間柄だ。
ディスは愛情表現、ディスは妬み嫉妬・同族嫌悪の延長戦。
あるいは本当はお前みたいになりたいと言う隠れメッセージ。
少なからずの正しい指摘。
公開処刑の後、ZEEBRAはKJに対して自分で突き放しておきながら距離をつめるような面倒臭い発言をするのだが、それもディスの持つ面倒臭さである。

2008年、ZEEBRAが20周年を迎え、武道館で大規模LIVEを行う。さらに、ZEEBRAの歴史を振り返った書籍「ZEEBRA 自伝 HIP HOP LOVE」が発売される。この自伝には、「公開処刑の真相」も明らかにされており、Kjに対する思いが書かれている。その一部内容について見てみると、公開処刑後に出したDragon Ashの曲は、オリジナリティーがあって良いなどと述べており、もう既に、わだかまりはないとのこと。20周年を節目に、和解したいと語っていた。ただし、和解に対しては、Kj次第でもあるので、難しいようだ。ZEEBRAによれば、2002年から6年間以上、Kjと会ってもいないし、連絡もしてないらしい。一方、Kjも雑誌のインタビューで「Grateful Days」について、久々に語った。「正直やんなきゃよかった」というコメントをしている。今後、Kjが「Grateful Days」をLIVEなどで歌う可能性は極めて低いのだろう。
キングギドラ【ZEEBRA】がDragon Ash【KJ】に一方的なDISった件


ディスって置きながらそれが縁で引き下がられるのも嫌。
仲良くしたいのか、嫌いなのか、指摘したいのか、嫉妬なのか、潰したいのか、ラップ業界は男社会なのでそういう面倒臭さがある。

少なからずそういうのが嫌で離れた人たちもいるだろう。
セルアウトした人間もいるだろう。
それが自分が都合の良い時だけ名前を出して自分の縁に戻そうとする。
アンダーグラウンドに近いラップってそんな感じで、閉鎖的な田舎のような独特の腐った感性がある。

鬱で休職する人の謎と心積もり。

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鬱で休職できるような勤務体型で働いてないけど、最近鬱で休職する人の気持ちが分かってきた。
気持ちの問題で休むのは冷や汗ものでしかも人から白い眼で見られる。
でも鬱と言う理由があれば長い休みがもらえる。
その上で辞める勇気がないと鬱で休職と言う選択肢になるんだろう。

ガリガリガリクソンのクズさ具合と地に足のついていない生活の例。

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例えば子供たちを楽しませるため、パーティなどでピエロに扮することが多かったことからキラー・クラウン(殺人道化・殺人ピエロ)の異名を持つ殺人鬼であるジョン・ウェイン・ゲイシーは表では慈善家の資産家を装いながら、彼の家全体を覆う異様な臭気は一目で警察官に異常性を認識させた。

例えば三菱製鋼子会社の元総務担当部長・山本英成容疑者(45歳)はキャバクラで豪遊し会社の金を三億円使いこんで後に横領の罪で逮捕された。
地に足がついていない生活でもお金があれば維持できる。

ガリガリガリクソン 本名:坂本 祐介(さかもと ゆうすけ)生年月日:1986年2月19日(31歳)は学生時代に壮絶なイジメを受けていたとされるが、悪質な交通事故を起こしてからは醜聞がいたる所から出てきた。
確かに社会は落ちた犬を棒でつつくが、いくらメジャーになりきらなかった芸人とは言っても誰一人庇う人間が現れないのは不思議である。



週刊誌ではガリガリガリクソンは周囲への悪態を隠さず、暴飲暴食を重ね自重せず酒を飲み明し、後輩に対するイジメはひどく、注意した先輩を逆に敵視したのだと言う。
ネタをパクったと同じ芸人であるエハラマサヒロに対して噛みついた事件でさえユウチュウブでは

ガリクソンっていじめられっ子で可哀想とかイメージしてたけど。
色々聞くと、ガチのクズだからなぁ……そら嫌われるわ。
エハラとの祇園笑者での直接対決は酷かった、昔はガリクソン被害者みたいに書かれてたけど、全部ウソだったという。本人目の前にいるから今度は嘘付けなくて、ただ大声出して誤魔化すだけ。″

と証言する不確かな情報がコメントされる始末だ。
私がこの情報をある程度信じるのは″エハラマサヒロガリガリガリクソンのネタをパクった″この事件に対してガリガリガリクソンの言い分のソースだけを記事にした判子絵の記事は出てきても、エハラマサヒロは何を言っているかがガリクソンが事件を起こすまでほとんど出てこなかったからだ。
ガリガリガリクソンは実はネットで人気の高い芸人で、エハラマサヒロは実はネットで嫌われている芸人(小規模なキングコング西野のような嫌われ方をしている)。

実際よくある話だネットは広大だが好奇心は被る。
″ネットの人気者ガリガリガリクソンは嘘つきだった″より当時は″ネットの嫌われ者エハラマサヒロガリガリガリクソンのネタをパクる″の方が人は検索したがる題材だったのだ。
だから結果的にエハラマサヒロの言い分について今まであまり取り上げられなかったと言うのは考えられない話ではない。
しかし真偽はあくまで分からない。



楽しんごも昔いじめられたと語ったし、ラッパーのジョーも昔いじめられたと語った。
ガリガリガリクソンもそうだ。
しかし彼等を見たネットの人々には一言あるようだ。
弱いからいじめられる、あるいは性格が悪いから性格が悪い第三者にいじめられる。
これは一つの真実だ。

ガリガリガリクソンについて、稼いでないと言う情報もあれば、消費者金融にさえ見捨てられた後輩に違法な金利でお金を一千万円以上貸したと言う情報もある(これに関しては裁判が起きているのでほとんど本当)。
謎の社長人脈があり、潤っていたともされる。

元いじめられっ子でありながら芸人として出したラーメン屋ではバイトを異常な給料でこき使い、店舗を崩壊させた昔弱い立場だった体験を後に生かさない自分勝手な性格。
テレビの企画で飲食店でバイトした際はあまりの手際の悪さに発達障害を疑われた。
しかし彼は芸人になる前はラーメン屋の店主として50万円の給料を受け取っており、とてもあの手際では店長として成り立つとは思えないが、ツイッターを見る限り料理はプロ級。
その不安定さが社長達からは恐らく可愛がられたのだろう。

そしてああいう人間が本音を隠すと何を考えているのか分からない不気味な人になる。
ツイッターの誰かが逮捕後のガリガリガリクソンを見て怒られなれている顔だと呟いた。
ガリクソンは存分に自分を解き放ち、故に怒られて怒られ慣れた。
怒られ慣れるなんて、馬鹿にしていると思われるかもしれないが、怒られ慣れてないから相手を怒らせる事はあるが、怒られ慣れている人間は全力で相手の言い分を聞き必要最小限の差異で話を終わらせようとする。
要件は短い方が良いのだ。

ガリガリガリクソンは既に30歳を超え今さら変わる人格があるでなし、欠点を埋めずに長所を伸ばす方向に自分を定めたのだ。
ジョン・ウェイン・ゲイシーや山本英成容疑者だってそうだ、仮に人を殺さなければジョン・ウェイン・ゲイシーは政治家まで登り詰めたかもしれない男だし、山本英成容疑者だってエリートがお金を散財するのはよくある事で、ストレスで途中でダウンして職を失うより散財して最後まで駒を進めた方が良い事もある。
何が言いたいかと言うと結局普通が一番良いと言うことだ。

【管理職と窓際社員】世の中には2種類の嫌われ者しかいない。

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世の中には二種類の嫌われ者がいる。
1つはこだわりを持ちそれを通す上で嫌われる嫌われ者。
もう1つは予防した上で嫌われている嫌われ者。
前者は管理者になるが、後者はどうしようもない。
勿論私は後者だ。
今日は業務の雰囲気が空々しかった。
今のままが続けば辞めるしかしょうがなくなる。
しかし私みたいな人間は辞めるにしても充分追い詰められてからじゃないと精神的に踏ん切りがつかない。

クラゲねこと寝太郎はセルアウトしたラッパー。

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ラッパーの呂布カルマのインタビューでの″ヒップホップは売れないし食えないのが当たり前になっちゃってるからだと思う。「仕事しながら生活を歌うのがヒップホップでしょ」って、僕もちょっと前まではそう思ってました″と言う言葉が私には界隈のブログに繋がり、ラップへの憧れが大変強くなっている。

毎年寝太郎がKREVAなら、クラゲねこはZeebra
まあ実際はKREVAZeebraも慶応出なので両方とも高学歴と言う意味では毎年寝太郎なのだが、駄目な人生をブログにして食えているのはこの二人ぐらいか。
ラップは元々アフリカ系アメリカ人の文化として根強くあるため、当然アメリカにルーツを持った根本が根本だけに世の中の不満も根強く歌う。
この界隈も似ているとも言えなくはない。



クラゲねこや寝太郎みたいになりたくて界隈にブロガーが入ってくる。
KREVAZeebraみたいになりたくて界隈にラッパーが入ってくる。

そして大抵は食えない。
食えないが愚痴が好きなのでブログを更新する。
食えないがラップが好きなので活動を更新する。

日本のラップの世界では売れているラップはセルアウト(自分の楽曲を商業的に売り出すこと)と言って馬鹿にする文化が未だにある。
寝太郎は既にBライフを捨てている、クラゲねこは駄目と言うわりにアフイリエイトで儲けている。
はじめは好きで始めたのに段々と上に腹が立ってくる。

すると格下が上に物申すようになる。
あるいは現場に言って仲良くするとかその二択だ。
もしくはディスっていた相手と後で仲良くなる、これもない話ではない(あるいは潰される、あるいは無視される)。
もともと憧れがありディスていた場合には上にもそれが通じるため仲良くなるというのは別に可笑しな話ではない。



「仕事しながら生活を歌うのがヒップホップでしょ」この言葉を呂布カルマは″それは違う″と否定している。
しかし私は逆に「仕事しながら生活を歌うのがヒップホップでしょ」の部分が心に響いた。

ハハノシキュウと言うラッパーがいる。
初期は長い黒髪で顔を覆い、同じラッパーのDOTAMAとコラボした音源では佐藤友哉西尾維新の話がでてくる言うなればナードラッパーだ。

彼は印刷会社の正社員らしいが(今はどうかは知らない)ネット媒体に連載しているコラムを見る限りコミュニケーションに難があるのは本当らしく、やはり自分と比べてしまう(私も佐藤友哉西尾維新と言ったいわゆる0年代を読んで育った)。
そして比べた後にハハノシキュウは正社員じゃないか、結婚しているじゃないか、ラップが上手いじゃないかとメラメラと嫉妬心が沸いてくる。
ハハノシキュウの動画で実際に会ったファンが″すごく優しい人でした″なんて書いてると″なんだよ好青年かよ好感もてるじゃないか″とまた自分と比べて黒い感情が渦巻く。

私は代表作嫌われ者のブログの人、何だよそれはと言った感じだろう。
しかも内容が世の中に対する愚痴なので、ないとは言ってもあまり名前が売れてもしょうがのない内容を書いている。
根本的にワナビな私が最後にたどり着いたのが多分このブログだ。

Bライフ研究所を閉じた寝太郎の矛盾としゃらくささの正体。

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以前Bライフの毎年寝太郎の矛盾を全て洗い出す為に記事を読み返そうかと考えていたがやっぱり辞めた。
寝太郎は自身の根幹であるBライフについて書かれたホームページを何の説明もなくいきなり消した。
寝太郎は確かに頭が良い東大卒だ。
しかし超上位交換と言っても、同じ理屈馬鹿である以上考えている事はよく分かる。
私もよく過去記事を消すからだ。
私が過去記事が消す理由は自分の為に書いているブログに、自分が必要ない文章をのせるべきではないと思うからだが寝太郎はどうだろうか?

とにかくいくら寝太郎の矛盾点を見つけても記事を途中で消す人間に対していくら矛盾点を見つけても仮に端から端に消されたのでは虚しいだけだ。
それに今更膨大な寝太郎の過去の記事を読み返した所で、私の書き方が悪いんだろうが寝太郎って意外とディスっても数字を持ってない、だから最初から最後まで読み返すと言う計画は今更辞めた。

寝太郎のブログって過去の矛盾点を読み返されない為にわざと過去記事を探しにくい設定にしているのではないかと言う不親切設定だ。



それはとにかく一部の人達にとって″お前はどうなんだ″と叩いて相手の言い分を封じる方法を使えない事はそれはそれはストレスが溜まるらしい。
お前はどうなんだと言えば相手に討論で勝てるなんてネットだけだ。
寝太郎みたいな理屈馬鹿は出来るだけ″お前はどうなんだ″と言わせるような文章は書かないように恐らく心掛けてる。
寝太郎のブログは矛盾が見つからないように細かく細かくルールを変えていった集大成だ。
はじめにBライフと言う大きな箱を用意して、その中の矛盾点は少しずつ改良して、挙げ句無理になればBライフのホームページそのものを消してしまう。

イニシャルで書くがG・Aも恐らく似ている。
はじめにアフィリエイトと言う分かりやすい箱を用意して、中身の矛盾点は分からないように微妙に変えていく。
払えなくなったら?
払えなくなったら一万再生以下にはアドセンスを出しませんとか、貴方は違反を犯しましたとか色々な理由を用意したらいい。

前回の支払いのデータをいつも微妙に遅らせるのは辞めてくれ。
いつも払われないんじゃないかと心配している。

ユウチュウブとグーグル+の連携だっていつの間にか使用が変わったし、はじめに大きな箱を用意して細かい矛盾点を少しずつ調整していき都合が悪くなったら記事ごと消すと言うのは私達みたいな理屈馬鹿の典型的手段だ。

後はユウチュウブのコメント欄でバットボタンを通知しなくなったのはどういうつもりだ。
Facebookにもツイッターにもバットボタンなんていう概念はない。
私は人が人を嫌うと言う感情には好きという感情と同じくらい人間らしさが溢れてると思っている。
それをわざわざ取り入れるのがG社の良い所だと思ったが結局は建前だけか?
だったらみっともないからはやく消してしまえ(世の中には一度態度で示してしまった以上何をしても、文句を言う生き物がいる)。

寝太郎みたいなタイプには″お前はどうなんだ″と言う手段が使えずストレスが溜まると書いたがそれは何故か。
寝太郎みたいな理屈馬鹿は自分も他人も嫌いなら攻撃する。
だが結局自分に対するディスは緒戦自傷行為
切り口が甘くなるのは確かだが″心得てる″と言えば、中々指摘もできない。
今やコメント欄が閉鎖された為に仕方なくだろうが、そういう人間のアンチは結局匿名掲示板に消えてしまう。

しかし寝太郎のアンチはまだ幸せだ。
相手がコメント欄を用意せず或いはブロックして、挙げ句自身は発信の場所を持たず匿名掲示板に名前がのるほどメジャーじゃなければ只イライラしているしかないんだから。
こういう風に書かれると、自分を俯瞰して自虐してるのか、そう思っている人がいるのか、或いはそういう人間はどうせいるんだろ?とアルアル言っているのか分かりはしない。
私みたいな人間のブログを読んでくれるのは似たタイプが多い。
と言うか読者と言うのは大抵そうだ。



私みたいなタイプって?
それは大きな箱として主題を用意しているが、中では絶えずルールを少しずつ変えていてあまりに矛盾が起きると始めの大きな箱をいつの間にかなかった事にしているタイプだ。
このタイプは自己批判と他者批判を頻繁に行い、だからこそ自分は正しい物の見方をしていると言う思いが人一倍強い。
私は既に道を踏み外しているか?だからと言って今更反省はしないぞ。
自己批判は常にしているという自負があるからだ。

自分に似ているから好き。
自分に似ているから嫌い。
それは皆そうだが私みたいなタイプって自分に対する考えが複雑すぎるから、頻繁に変わるんだよな他者に対する評価が。
だから私はいつも言っているナヨナヨしていて信者がいる引きこもりが羨ましいって、私みたいなタイプはそれは一時は正論言っていると嫌いならアイツを扱き下ろしたと評価されるかもしれない。
しかし次に扱き下ろすのは自分に似たタイプかもしれない。
その上自虐なのか、相手を批判しているのかも分かりはしない。
これではストレスが溜まる。



私はご意見番と言う程地位がないが、これは常にご意見番が持つジレンマでもある。
Creepy Nuts(R-指定&DJ松永)の教祖誕生の歌詞にもあるが、いつかは″神様気取りのそれ″になる。
″あの日自分が大嫌いだった″のにだ。
般若がDOTAMAにラップバトルで、過去にディスっていて今は馴れ合っているZeebraに似てきたと言われて般若は後に効いたと言っていたが、やっぱり人を批判したがる人ってどこかに憧れがあるのか。
憧れてはいるが、自分の考えと差異が出てくるからやはり叩くのか。
結局は同じ事の繰返しか。

寝太郎にはじめに矛盾点を感じたのは自分で小保方晴子を風刺したような文章を書いた後に、次の記事にどうして皆小保方晴子を批判するのかと書いた時だ。
マスコミは傲慢だ。
しかし自分だけはその話題に触れても良いと言うのはまさ″神様気取りのそれ″だ。

寝太郎のブログはブログ内検索窓がないし、試しにグーグルで″寝太郎のブログ 小保方″で調べても記事は出てこなかった。
Creepy Nuts(R-指定&DJ松永)の教祖誕生の歌詞で言う所の″いつもの大作戦成功か?″だよな。

昔から寝太郎の矛盾点については書こうと思っていたが、その一つに明らかに東大出の寝太郎を見誤った匿名掲示板の連中の書き込みが気に入らなかったからだ。
寝太郎は少しずつ少しずつ文章の中で矛盾点を調整している。
それを解かないと寝太郎の根本的なダメさ加減は分からないし、寝太郎は自分達よりはるかに頭が良いのに、それを無視して簡単な方向で批判したがる態度に腹が立った。
でも結局私も同じ穴の狢で、ブログを隅から隅まで読んで矛盾点を探す作業はしなかった。
理由ははじめに書いている。